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男の子と女の子の『妖怪ウォッチ』

 本屋の絵本コーナーの片隅には子供用雑誌が置かれており、先日久しぶりにのぞいてみたら驚きの赤。小学館学年誌である『幼稚園』『小学一年生』『小学二年生』は全て表紙に赤い猫のキャラクターが描かれている。そう、昨年2014年に子供世界のカルチャーを完全に塗り替えた『妖怪ウォッチ』のジバニャンが学習誌の表紙を占拠しているのです。(『小学一年生』バックナンバー『小学二年生』バックナンバー『幼稚園』バックナンバー 参照)

 

 妖怪ウォッチの人気は静かな我が町の保育園にも広がっており、保育園では兄貴・姉御な4歳児や5歳児は男女問わず『妖怪ウォッチ』の歌やダンスが大好き。既に4歳ともなると、男女別れてグループを作りがちなようですが、妖怪ギャグを披露しあって男児も女児も転げまわって喜んでいる。

 

 私は最初はこの爆発的な人気をちょっとうがった見方で眺めていました。ポケモンのように妖怪を蒐集するゲームであるとか、主人公の友人関係がドラえもんと相似形だとか聞くたびに「ふーん、二番煎じ作品ならそんなに長くは続かないよねー」と思っていた。しかし、子供の保育園でも「ようかい体操第一」を踊り始めたと聞いてにわかに興味が。食わず嫌いはよくないと思いゲームをやってみると、登場キャラクターが非常に好感が持てる。そしてついつい、無料配信していたアニメのバックナンバーも見てしまいました。ジバニャン*1、可愛い…。

 基本的なストーリーはとても単純。日常の中のちょっと困ったことが、実は妖怪の仕業であり、主人公の小学生ケータ君が妖怪ウォッチという妖怪が見える時計型アイテムを使って原因となっている妖怪の姿を探し当て、説得によって解決するというものです。ドラえもんポケモンに似ている点があるということで、実際に見る前はあれこれ勝手に想像して遠巻きに見ていたのですが、とてもおもしろいです。

 

 ポケモンドラえもんに似ているというのは、昨年からさんざん指摘されています。仲間にしたポケットモンスターを呼び出し、ポケモン同士のバトルで勝利することで、倒したポケモンを新たな仲間としてゲットしていくポケモンの世界観は、ゲームにマッチしており、現在進行形の歴史的名作でしょう。このゲーム性を『妖怪ウォッチ』も基本的には取り入れています。そして、『妖怪ウォッチ』の主人公・天野ケータとその友人達の関係はドラえもんとそっくりです。のび太がケータ君とするならば、ジャイアンのように体躯の立派なガキ大将のクマ、スネ夫のように小柄でお金持ちなカンチ、しずかちゃんのようにしっかり者の美少女フミちゃん、そしてのび太の家の居候の猫型ロボットは猫妖怪のジバニャンでしょうか。しかし、ポケモンにもドラえもんにもよく似ていながら、現代の子供たちに受け入れられやすい要素が『妖怪ウォッチ』には多くあります。

 

 ドラえもんは子供を主役にしたドタバタ喜劇であり、同時に優れたSF漫画でもありますが、一人の人間の結婚を描いた大河漫画でもあります。記念すべき第一話で未来からやってきたドラえもんは、のび太の悲惨な将来を学校は落第、就職できず、興した会社は倒産と並べていくが、その最たるものとして語られるのが、結婚相手がジャイ子ということ。大河恋愛漫画としてドラえもんを見たとき、最大の敵はブスな女の子となる。ドラえもんが未来から来た理由は、ブスからのび太を救うためです。凶暴なジャイアン、財力をひけらかすスネ夫、女友達がいないしずかちゃん。改めて振り返ってみると、現代的価値観からは残酷な話に見えてしまう。

 ポケモンではバトルによって打ち破ったポケモンを、不思議なボールの中に封じ込めて蒐集し、図鑑を完成させます。ポケモンを使役するトレーナー同士が、ポケモンバトルで対戦しポケモンマスターという頂点を目指す。ピカチュウのような可愛い人気キャラクターもいますが、なんといってもこの蒐集作業とモンスター同士のバトルという要素がゲームを盛り上げてくれました。しかし、一方で、ゲームをしている間中どうしても心の片隅に「手下にしたポケモンを酷使している」という罪悪感があった。

 

 現代版ドラえもん、ポストポケモンと評される『妖怪ウォッチ』では、友人のクマは暴力的な喧嘩はしませんし、カンチも財力をひけらかしません。フミちゃんには女の子の友達もいます。ジバニャンは保護者でも使役する手下でもなく、対等な友達です。そしてゲームでこそバトルが多いものの、人気の中心であるアニメでは、驚くほどバトルが少なく、妖怪に関しての困りごとは説得によって解決するのが基本なのです。

 

 しかし、現代的であるというだけで子供にこんなにも愛されるのでしょうか。ゲーム、アニメ、そして少年誌『コロコロコミック』に連載されている少年漫画版、少女誌『ちゃお』で連載されている少女漫画版を見ていると、それぞれの媒体による違いが興味深いのです。

 

 自分の性別もわからなかったはずの子供が、成長していくうちにあっという間に性別ごとに遊びのグループを作るようになり、男女で随分と違った遊び方をするようになる。保育園で子供たちを眺めていても、女児は手先が器用な子が多いなとか、男児は活動的な子が多いなとか、学年が上がるほどに差を感じてしまいます。そういった差が先天的なのか後天的なのかはたまた観測者の思い込みなのかはわかりませんが、その男女差を反映したように漫画版の『妖怪ウォッチ』にも、少年誌と少女誌でくっきりと違いがあります。

 

 少年誌『コロコロコミック』連載の『妖怪ウォッチ』は、石造りのガチャガチャをまわしたところ妖怪執事のウィスパーの封印を解くことになり、妖怪ウォッチを貰います。妖怪を説得したり、悩みに共感したり、執着が間違いであると教えることで友達になっていくのはアニメとも共通していますが、バトルシーンも印象的です。ケータ君も「妖怪探しに出発だ!」と積極的に妖怪を探していくし、毎回話の最後には「天野ケータ、ただいまの妖怪友だち[n]匹。」と友達の数をカウントしていく。コロコロ版漫画はゲームより先行して世に出ているのですが(ゲームと妖怪ウォッチのデザインが違うという内情を描いた四コマ漫画もあります)、ドタバタ度はゲームやアニメより高い。ケータ君は単純ながらも裏表のない優しい子ですし、ジバニャンは下世話で変な顔ばかりしている。執事のウィスパーは体を張ったブラックなギャグも多く、子供たちに愛される清くなくて正しいスラップスティック・コメディです。大人もわかるネタを豊富に含んだアニメに比べると、大人への目配せは全くないのですが、その分少年たちの心を掴むギャグが満載。

 主人公をフミちゃんに設定した少女誌『ちゃお』連載の『妖怪ウォッチ わくわく☆にゃんだふるデイズ』は本家のギャグを踏襲しつつも、少女マンガの文脈で描かれています。ゲームでは主人公を男の子のケータ君、女の子のフミちゃんから選択できるのですが、少女漫画版ではこのフミちゃんが主人公。骨董品店で雑貨を探していたフミちゃんが偶然ジバニャンとウィスパーの封印を解いてしまい、コンパクトにも似た懐中時計型の妖怪ウォッチを貰う所からストーリーは始まります。活躍する妖怪は可愛らしさやかっこよさ重視。庇護欲をそそる可愛い狛犬妖怪のコマさんとコマじろうとも同居しているし、イケメン妖怪のオロチやキュウビとのエピソードも多い。ジバニャンも元の飼い主の影響で女の子好きというキャラが前面に押し出され、フミちゃんにべったりと甘えています。妖怪との出会いはひたすら受け身の巻き込まれ型。妖怪と語り合ったり、悩みを共有することで問題解決をすることが多く、バトル描写はほぼありません。 

 同じ漫画版でも、少年漫画と少女漫画で随分とテイストが違っています。銭湯に居座って迷惑をかける妖怪のぼせトンマンを追い払う場面でも、コロコロ版ではギャグ含めつつバトルシーンに多くのページを割いています。ちゃお版では嫌味なしりとり勝負をしている。

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(左:『コロコロコミック』連載の漫画。飛んだり跳ねたり火を噴いたり派手なバトルが11ページ続く。右:『ちゃお』連載の漫画。豚の妖怪のしりとりに対して豚料理ばかりで返す。)

  かつて『コロコロコミック』を愛読していた私には、コロコロ版のしょうもないギャグが多い『妖怪ウォッチ』の方が懐かしくも馴染み深く感じますが、ちゃお版のラブコメ要素や女の子らしさを前面に出したストーリーの方が抵抗なく頭に入ってきます。きっと私が小学生だったらコロコロ版の激しいギャグの方が気に入っていたでしょうが、今ではちゃお版の方が安心して楽しめます。

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(『妖怪ウォッチ どきどき☆にゃんだふるデイズ』で妖怪とお菓子作りをするフミちゃん。女子会を開いたり、イケメン妖怪とちょっとドキドキするラブコメシーンがあったりと、ギャグはマイルドながら少女マンガの文脈に忠実。)

 

 男児受けする積極的にバトルを探し求める要素、女児受けする無垢なヒロインが愛される要素。ケータ君は積極的に無邪気に妖怪探しと友達の証の妖怪メダル蒐集に乗り出すアグレッシブな少年。バトルによって勝ち上がり友達の数を増やしていく清々しさを感じるものの、ちょっと単純。フミちゃんは日常の中で妖怪との騒動に巻き込まれるパッシブな少女。争いごとを求めず、協調を大切にする姿には共感できますが、受け身で無垢故に愛される姿は少し退屈。

 そういった男女間の世界の乖離をうまく調整して、ニュートラルに楽しめるようにしたのが現在人気の支柱であるアニメ版『妖怪ウォッチ』でしょう。アニメ版では主人公こそケータ君で固定されていますが、妖怪との出会い方は、ちゃお版のフミちゃんのように巻き込まれ型が多い。アニメ版にはほとんどバトルは無く、妖怪に対してはケータ君は基本的に説得することで問題解決をします。頭ごなしの説教ではなく、相手の立場を慮って話し合いをするアニメ版のケータ君はコミュニケーション能力が高い現代っ子。現代っ子の好きなハイテンポのギャグに、パロディや小ネタも多数織り交ぜた、老若男女が笑えるアニメです。

 先に挙げた小学館の学年別学習雑誌が「「学年別」に「男女共通」で「総合的な内容を持つ」雑誌という刊行形態の枠内では、成長と変化が著しい小学校中学年の子どもたちのニーズに必ずしも合致しなくなってまいりました。」(学習雑誌『小学三年生』『小学四年生』の休刊と、小学生向け新ムックシリーズの展開について参照)と男女共通形態が維持できないことを中学年向け雑誌休刊の理由として発表している中で、男女共通に楽しめるフィクションが誕生したことは嬉しく感じます。実際にゲームで遊んでいても小学生と「すれ違い通信」すると男女問わず『妖怪ウォッチ』で遊んでいることがわかる。

 男児が楽しめるバトルとドタバタした笑い、女児が楽しめる見慣れた日常と可愛い妖怪との関わり合い、そしてその橋渡しとなるように、男女が共に楽しめるニュートラルなアニメの世界。アニメでは例えば妖怪はらおドリに取り憑かれて服を脱いで腹踊りをしようとしたフミちゃんをケータ君が必死で止めるというような、安易に女児にお色気要員としての立場を求めない配慮もあります。ガキ大将のクマが暴力でクラスに君臨しているということもなく、弱みも多いやんちゃな普通の男児として描かれています。バトルを楽しむのもいいけれども、争いを求める事だけを男児に強いない。受け身でいることを責めないけれども、無垢なお色気要員であれと女児に強制しない。このニュートラルな調整こそが、男女問わずに子供カルチャーに受け入れられた秘訣なのではないでしょうか。男女の別なく楽しめる新しいフィクションと、男女それぞれの楽しみ方ができるフィクションが、両立している『妖怪ウォッチ』。妖怪たちがこれからも、男の子と女の子の世界を橋渡ししてくれることを期待しています。

*1:地縛霊のジバニャンは生前は女の子に飼われていた猫。しかし、トラックにはねられて死んでしまい、地縛霊になってしまいます。地縛霊のくせにある日ケータの家に居候として居ついてしまう。愛らしい声としぐさから人気のキャラクターですが、元々は女子高生の飼い猫ということもあって女子高生が大好きでハァハァするちょっとあぶない一面もあります。

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