評価されない人気者―『二人でノンタン』

 墨の線はまっすぐではなく、ぶるぶるふるえているような線ですが、決して緊張のために手がふるえたわけではありません。最初、ネコのふわふわした毛並みの感じを出そうとして描いたもので、画面全体も柔らかなものにするため、建物も花も木もみんな動物と同じタッチでまとめたものです。

 子供の頃に、お風呂に肩までつかって「おまけのおまけのきしゃぽっぽー」と歌ってよく温まってから上がっていました。ノンタンが絵本の中で唱えていた言葉です。ノンタンの絵本は、ミリオンセラーの絵本の中に何冊もランクインしており、最も出版数の多い『ノンタン ブランコのせて』は現時点で243万冊の売れっ子です。そして、それほどの人気でありながら、保育園や絵本の研究会などで配られる絵本リストではあまり見かけないのです。子供に大人気なはずの絵本シリーズなのですが、各種絵本ガイドで評価されていないように思えます。

 不思議だなと思いつつも、子供に読むためにノンタンの絵本を購入してみたのですが、親世代である私が懐かしく感じるような古いノンタン絵本と、新しいノンタン絵本では雰囲気が違うように感じる…。ぶるぶる震えた線で描かれるノンタン世界。その震えた線も、古いシリーズでは柔らかさと子供の躍動感を表現しているように感じられるのですが、新しいものでは線が乱れているように見えてしまう。背景の絵もどんどんと減っており、立体的な絵による展開(例えばノンタンが建物の側面に歩いてまわりこむ等)も今世紀に出版されたものからは見られなくなってくる。

遺作となった最新作『ノンタン スプーンたんたんたん』はノンタンがご飯を食べて大きくなり星や月や太陽を食べてしまおうとするお話ですが、豪快で無邪気ではありますが、幼い子供が感情移入する余地があまり感じられません。

 

 なによりも、作者の名前が「大友康匠/幸子」の共作から「キヨノサチコ」に変わっていることが大きな違いです。

これはノンタンの作者である大友康匠さんと大友(清野)幸子さんの離婚後に、著作権に対しての双方の認識の差異から起きた「ノンタン絵本裁判*1」をうけてのもの。「童画界のおしどり夫婦」での共作であると思われていましたが、現在ではストーリーの筋書きから主要登場人物の造形までキヨノ氏の単独作成であったということになっており、作者名は全てキヨノ氏の名前のみとなっています。

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  裁判の中でも登場するのが離婚の3年前に書かれた『二人でノンタン』です。ノンタンの制作話から、シリーズの誕生の過程、そして大友夫妻の出会いと結婚、絵画教室の開講、結婚後七年目の妊娠と出産…という二人の作家の結婚生活のエピソードが書かれています。

  果たしてノンタンは本当にキヨノ氏の単独作品だったのか。本書においては共作であるということが印象に残る描かれ方をしています。例えば『ノンタンおよぐのだいすき』のストーリーを考える段階では、「いよいよ戦争開始!」と夫婦が格闘しながら話の肉付けをしていく様子があるのですが、これが、なかなか激しいのです。

ミスターノンタンは実は自分の絵コンテの方が面白いと自信を持っていますから、面倒くさそうにペラッペラッとページをめくります。そして、ちょっとでも気にくわないところがあると、やおら赤鉛筆を取り上げ、父の敵!とばかり、満身の力をこめて大きく「×」を描くのです。赤×だらけになった絵コンテをミセスノンタンに突返し、
「もう一度、じっくり練りなおしたほうが良いみたいだね、うん」
「………」
「三十二頁も使って、こんなのじゃ間のびしちゃって面白くないよ」
「………」
「君はまだまだ基本ができてないんじゃないかな。絵もストーリーもアマチュアの域を脱するのはこの分だと何年先のことか。シビアな現実を見つめなきゃ。釣りあげた魚は恐ろしい顔をしていた、それで皆が驚いて逃げる。そもそも君の考えたこの幼稚きわまるストーリー自体に問題はひそんでいるんじゃないかな、うん」
「………」
「僕はたちどころに『おにごっこ』と『かくれんぼ』『まいごになったノンタン』の絵コンテを作ってみたんだ。君が一つ描いているあいだに三つも話を作る、これはプロとして当然のことだろうけどね。まあ見てごらん」

 ミスターノンタンこと大友氏の駄目出しに、続くのはミセスノンタンことキヨノ氏の反撃です。

「こんなひどいでたらめなこと描いて、よく平気ね。自分で何描いたか知ってるの。なんでノンタンやうさぎさんが、ああ疲れたってコーヒーを飲まなくちゃいけないのよ?読者は子供なのよ。子供がコーヒーを飲むわけないじゃない」(中略)
「がみがみいわずそこのところ赤鉛筆でチェックしておけばいいじゃないか」
「このおにごっこのお話なんだけど、確かに子供がよく遊ぶものには違いないけれど、ノンタンの腕白ぶりがまるっきり出てないと思うわ、こんなストーリーじゃ子供が胸をわくわくさせて読んでくれないわね。保証するわ。かくれんぼのストーリーだって同じよ。まいごのお話はノンタンがぶらんこで見せたあのノーティーな性格がぜんぜん出ていないし、後半は泣き虫ノンタンになっちゃってるわ。私たちが作ったぶらんこのノンタンだったら、まいごになったって、歯を喰いしばってもっと頑張ってお家に帰る筈でしょ。あなたは思いつきだけでストーリーを作るから、登場するキャラクターの性格がでたらめになっちゃうのよ」

  この後、本気で怒りあった末に大友氏が家を飛び出し、それを「逃げるのね」とキヨノ氏が追いかけるという顛末です。

f:id:chiba8:20150824223114j:image絵に関しても、朝型生活のキヨノ氏が、夫が眠っている間に「誰にはばかることなく思う存分塗りたい色を塗っ」た後に、今度は夜型の大友氏が「ミセスノンタンが塗ったバックの葉っぱの色が、若草色から深緑に変えられているのです。花の色もスカーレットからピンクに、バックもブルーから紫に、すっかり塗りかえ」てしまうというように、お互いに納得がいくまで塗りかえを行った末に完了するそうです。「ああしんど。」と書かれていますが、まあ、そうでしょうね。

全体的にこのノンタンの制作裏話は、夫婦の間での戦いの様子が描かれており、これをこのまま読めば「情熱的にノンタンの絵本制作にとりくんだ」とも感じますが、この後の離婚と訴訟を知った上だと、ノンタンこそが夫婦の関係を摩耗させる要素であったのかもしれないとも思ってしまうのです。

内輪の話、夫婦だからこそ死闘に近い戦いがあり、一つの作品が出来上がっているのですが。 

  ノンタンといえば、わんぱくな白い子猫の男の子です。道徳的で模範的ないい子というよりは、自己主張と無邪気さの塊で、幼児らしい造形です。この溌剌としたキャラクターの性格はどこからきたのだろうと思って読んでいると、キヨノ氏の言動を子猫にすると、そのままノンタンになるのではないかと気付きます。結婚後にトンガに3か月の一人旅に出た際の旅行記があり、異国の地でのびのびと歌って踊って剣を振り回しています。 

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 帰国後も合気道を習い始めたり、クリスマスに一喜一憂したりというエピソードがあります。どちらかといえば内気でインドア派の芸術家肌である夫とは対照的に、積極的な行動家といったイメージです。

 ならば、やはりノンタンの作者はキヨノ氏単独ということなのでしょうか。2000年以降の新しいノンタン絵本から感じた、古いシリーズとの雰囲気の違いは気のせいなのでしょうか。

 大友氏はもともとはキヨノ氏の絵の先生です。大ヒットと呼べる作品はないにせよ、ノンタン以前でも充分なキャリアのある画家です。高校時代に美しい後輩の美少女にモデルをお願いして熱心にスケッチしたことが画家人生のスタートとなったと語られており(ちなみにこの時の美少女は女優の小山明子さん)、絵のアルバイトの体験談や旅行中に熱心にスケッチをしたエピソードがあります。

 

 裁判ではっきりと決着がついたように、キヨノ氏の単独作品だったのか。本書を読むと、やはり、大友氏の影響がノンタンに全くなかったとは言えないように思うのです。絵本において絵は、非常に大きな要素です。絵の巧みさがストーリーに影響を与えることもあり得るでしょう。洗練された絵を描く、絵の師匠たる大友氏の影響は無視できないのではないでしょうか。

また、単調で地味なストーリーには「子供が胸をわくわくさせ」ることはありませんが、あまりにも突飛でイマジネーション重視のお話には子供はうまく感情移入ができません。子供向けのストーリーには難しい匙加減が求められますが、大友氏とキヨノ氏の「血で血を洗う戦い」こそがその難しさを乗り越える力となったのではないかと想像してしまいます。もちろん「影響を与えた」からといって名前をクレジットしないといけないということはありませんが。

 

 売れ行きと子供の人気に反して、あまり評価されない印象のあるノンタンの絵本シリーズ。その評価されなさの背景には、もしかしたら、裁判で白黒つけてしまったことにより零れ落ちてしまったものがあるのかもしれません。

 

二人でノンタン (1982年)

二人でノンタン (1982年)

 

 

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