青い鳥文庫で科学リテラシー―『七時間目』シリーズ

 子供に科学リテラシーを身につけてもらいたいと考える全国の保護者及び先生及び通りすがりの皆様におかれましては、どのようにリテラシーを学ぶ糸口を見つけるかということで日々悩んでいることと思われます。私はといいますと、前段階としてリテラシーとは何なのかがいまいち分かっていないため、Wikipediaで調べてみました(やる気ないのか)。

 そんな徳川埋蔵金にも等しい摑みどころの無さを誇る、科学リテラシー教育の糸口。朗報です。科学リテラシーの第一歩となる児童書を紹介します。もちろん基本的には、子供が科学リテラシーを楽しく学ぶ糸口となってほしいのですが、まずは大人が読めと思っています。ちょっと古くなってきた本ですが、どうせ年を取ると時間の流れを早く感じて去年も10年前も同じようなものでしょうから遠慮しません。

 

 藤野恵美「七時間目」シリーズは、『七時間目の怪談授業』『七時間目の占い入門』『七時間目のUFO研究』の三冊からなり、子供が大好きな怪談(幽霊談)、占い、UFOというオカルトに属するものを懐疑主義的な立ち位置から描いている小説です。超常現象を扱う児童書は多くありますが、疑いの目を向けるという取り組みは貴重です。そして、そうでありながらも超常現象の否定材料を集めたオカルト百人斬りではなく、少年少女の葛藤と成長を織り交ぜながらの等身大のエンタメ小説となっており、ジュブナイルとして楽しめます。超常現象を否定して、ハイ論破、という物語ではないので、子供が陥りやすい、懐疑主義的な視点を身につけたことを自己肯定の手段としてしまい、周囲を馬鹿にするという態度からも距離を置けるはず。

 三冊は続き物ではなく、独立した話となっています。それぞれの小説について刊行順に簡単に感想を書いておきます。子供は興味のあるものだけ手に取ればいいと思いますが、大人は三冊全部読めと思っています。

 

『七時間目の怪談授業』

七時間目の怪談授業 (講談社青い鳥文庫)

七時間目の怪談授業 (講談社青い鳥文庫)

 

 

月曜日。羽田野はるかの携帯電話に呪いのメールが届いた。9日以内に3通送らないと、霊に呪われるという内容。不安でたまらないはるかはケータイを先生に没収されてしまった!メールを送れない、とあせるはるかに、幽霊がいると思わせたらケータイを返すと先生がいった。毎日放課後、みんなで怖い話をするが、日にちはどんどん過ぎていく!

 ケータイを没収した古田先生は、幽霊なんて存在しないと言います。怖い話をして怖がらせることができればケータイを返すという先生に、はるかとクラスメイト達は放課後に怪談を発表するという内容。登場する怪談はお馴染みの「赤いちゃんちゃんこ」からダジャレ系怪談「恐怖の味噌汁」、不気味な日本人形、友達の友達から聞いた恐怖体験、伊集院光が創作した現代怪談*1など幅広く、単純に児童向け怪談集としても楽しめます。

 様々なタイプの怪談に出会ったはるか達は「そもそも怖いというのはどういうことか」「本当に怖いものはなにか」「幽霊が怖いのはなぜか」と考え始めます。ホラーゲームでもバイオハザードサイレントヒルと零とSIRENではそれぞれ持ち味が異なるのです。映画版のウェスカーはなかったことにしてください。

 幽霊を怖いと思うことと、死への恐怖は切っても切り離せない関係であり、本書は基本的には幽霊談に対して懐疑的な目を向けていますが、死への恐怖と命の大切さを考えることを粗末にしてはいません。

「幽霊が本当にいて、呪いとか祟りに力があるなら、みんなもっとそれにおびえて、生き物の命を大事にすると思う!だから霊とかがいればいい。」

  そして怖い話にはお馴染みの「本当に恐ろしいのは幽霊ではなく生きている人間だ」的なハラハラする話を経て、はるかは物語の最初と最後で、異なる見方で世界を見つめることができるようになります。

 

『七時間目の占い入門』

七時間目の占い入門 (講談社青い鳥文庫)

七時間目の占い入門 (講談社青い鳥文庫)

 

 

悩んだり困ったりしたとき、占いに頼りたくなること、あるよね。神戸の小学校に転校した、6年生の佐々木さくらも、そんな女の子の1人。趣味は占いって自己紹介して、すぐにクラスにとけこむことができたけど、その占いのせいで、クラスの女の子どうしが険悪な雰囲気になってしまった! 困ったさくらは占いで解決しようと考え、占いの館へ!

 占いが公共の電波に乗らない日は無く、占いを視界に入れずに生活するためには工夫が必要になります。占いの対象となるのは多くの場合は本人の意志では変えられない血液型、星座、干支、名前などです。そして本人の意志で変更できないような要素をもって人間を区別することは、大人であれば差別と紙一重だと理解し適切な距離をとることができます。しかし、子供であればどうでしょうか。

 子供にとっての占いは、無邪気で楽しい遊びとして広まります。無邪気なそれが徐々にトラブルを生み、深刻な差別を引き起こしていく過程に非常に説得力があり、特にリア充系の明るく可愛く派手なクラスの中心的女の子という、アメダスのように全国各地の小学校学級に配備されているタイプの女児の邪悪さは妙にリアルでこいつの家にAmazonで注文した「今日から踊れるどじょうすくい5点セット」を10セット分くらい送りつけたい。踊れ。

 血液型占いをクラスの多くが信じてしまった状態で、占い肯定派と否定派がぶつかる学級会は非常に簡潔にリテラシーの未熟な子供の危うさを示していて恐ろしい。「血液型占いは統計のようなものだから科学的だ」という主張と「実験データとして信頼できず、科学的ではない」という主張の対立から幕を開けた学級会では、占いで未来を知るということの矛盾についてや、そもそもABO式血液型とは何なのかということについての簡単な説明、そして差別とは何かといことに踏み込んでいく。

「血液型も性別も、生まれつきのもので、本人の努力では変えることがむずかしいものだ。そういうもので、決めつけるのは、差別だな。」

 ならば占いは悪なのかというと、この物語では絶妙なバランス感覚で占いのセラピーとしての側面、人の心を助ける力、気軽な遊びとしての付き合いを肯定している。占いのような怪しくて正しくなくて、しかし悪でもなく人を救いもする物事に、どう付き合うのかを問いかけることで、子供の成長を描いているのです。また、未来を占うということに対しての疑念の材料として、本作の舞台が関係してきます。神戸が舞台となっていることに関しては、単純な主人公のプロフィール以上の意味があります。

 最後に、お小遣いの管理は、しっかりと、ね。

 

『七時間目のUFO研究』

 

あなたはUFOを信じますか?
6年生のあきらと天馬は、2人でロケットを飛ばしている。……といっても、ペットボトルで作ったものだけど。実験中、天馬が偶然UFOを目撃したからさあ大変!新聞記者やテレビ、怪しげなカウンセラーまでやってきた!ひとりの記者と知り合っていろいろ話すうちに、あきらの中で宇宙への思いが熱くなる。

  シリーズの中で最もジュブナイルとして洗練されており、少年の葛藤と自立の始まりを、怪しいオカルト話への懐疑とリンクさせて描いています。「静かな過疎の町」「少年の自立」「ロケット」という舞台装置もロマンがありますね。恐らく作者もノリノリで書いたのでしょう、作中に登場するオカルト番組の名前は「デムパの沼」、番組に登場するUFOカウンセラーは「アダムスキー江尻」と筆が滑ってる感さえあります。

 本書では怪しげなオカルトにはまり込んでしまう人の心についての描写もあり、わからないことをわからないと認めることの大切さについて登場人物が言葉を交わしています。

「ああ。簡単に理解できて、道徳的に正しくて、受け入れやすい答えを聞けば、人は安心できるんだ。自分で宇宙について考えようと思ったら、ビッグバン説を理解するために、まず一般相対性理論を勉強しておく必要がある、物理の基本的な知識を学んで、量子力学とか専門的なことも勉強して……数学もできないといけないし……。そういうことを自分で考えるのが、しんどくて、面倒な人は、宇宙の秘密を知っているというアダムスキーさんみたいな人にたよりたいと思うんだろうね。」

 ここでちょっと凄いのは、ではデムパの沼のようなオカルト番組を楽しんでいる人は馬鹿で愚かで邪悪でAmazonで「どじょうすくい5点セット」を10セットも誤発注してしまうような人達なのかというと、そうではなく、あやしい番組のファンのような人もまた心優しく生真面目な良き人々であることが描かれているのです。

 また、シリーズを通して「そもそも~とはどういうことだろうか?」と考える姿勢を示しており、本作では「信じる」とはどういうことかについて踏み込んでいます。

「信じる……。信じるって、どういうことだろうね。少しもうたがわないってこと?」

 灰原さんは口の中でくり返して、つぶやく。

(略)

「自分では本物のUFOなんて見たことがない。けれども、遠い星に未知の生命体が存在していて、ふしぎな乗り物に乗ってこの地球に来ているかもしれない……という可能性を否定できないから、ぼくはUFOを探しているんだ。UFOを信じている人っていうのは、UFOがいると決めつけている人だよね。そういう意味では、ぼくは『信じている』とは言い切れないかもしれない。」

「どういうことですか?」

「だって、もし、UFOがいると信じていれば、探す必要なんてないから。」

 

 繰り返しになりますが、子供向け文庫レーベルから刊行された児童書であり、確かに子供が読めば、科学リテラシーの芽生えのきっかけになり得る小説シリーズです。しかし、まずは大人が読めと思います。おもしろいですから。

 

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