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読者の心のなかにある固有の空間―『「場所」から読み解く世界児童文学事典』

小説以外

『「場所」から読み解く世界児童文学事典』を読みました。

「場所」から読み解く世界児童文学事典

「場所」から読み解く世界児童文学事典

 

 どんな本なのかは、本のそで(カバーの折り返しの部分です)に次のように説明されている。

登場人物やあらすじは忘れても、記憶に残っている情景は無いだろうか。物語全体を象徴するような「場所」から物語を読みなおすと、そこには新たな意味が浮かび上がってくる。前作『「もの」から読み解く世界児童文学事典』から5年を経て、読者と「場所」と物語をつなぐ第2章の幕開け。

 2009年に刊行された『「もの」から読み解く世界児童文学事典』の姉妹編となっているのが本書です。お姉さんの『「もの」から~』の方が説明しやすく、例えば『ライオンと魔女』のターキッシュデライト(あの謎のお菓子)、『赤毛のアン』のパフスリーブ(流行の袖の形)などが載っているといえば、想像しやすいと思います。本書『「場所」から~』は、その場所版。

ひとつの場所につき一作品、200の場所と作品についての事典となっています。その200の場所がつどう場所、はたらく場所、くらす場所、たたかう場所、まなぶ場所、あそぶ場所、まよう場所、であう場所の8つに分類されている構成。

この場所と作品と分類が、すぐにぴったりと理解できるものもあれば(例:『ハイジ』・山小屋・くらす場所)、どうしてそういう分類になったのかと少し考えさせられるものもある(例:『小さいベッド』・小児病棟・たたかう場所)。200項目のうち、ほんの一部を挙げてみます。

 

「優れた人物たちが集まる場所」の代名詞ともなる梁山泊は、水滸伝において108人の好漢が集う地。腐敗した権力の及ばぬ空白地帯でのアウトロー集団の活躍は、民衆のロマン。

ベルギーのほぼ中心を東西に通る言語境界線は、フランデレン(フランダース)地域とワロン地域の境界線でもある。フランス語公用圏ワロン出身の主人公ネロは、オランダ語フラマン語圏のフランデレン地方に引き取られる。言語も価値観も違う地域に移動を余儀なくされた少年と犬の悲劇。

ザ・ロックの異名で知られる脱獄不可能な監獄島。しかし、実は子供が住んでいた。監獄島は看守や技師などそこで働く人々と家族が生活する場所でもあったのだ。主人公ムースは治療が必要な姉と、姉の治療のために心のバランスを欠きがちな母親を支えている。母は姉を有名な障害児施設に入れようとしている。彼女たちのために、12歳の少年は、ある人物に助力を求める。その名は、暗黒街の帝王アル・カポネ…。

1832年のパリは街に不穏な空気が流れていた。不景気と疫病の流行で困窮した民衆の怒りは蓄積し、反乱軍の蜂起に繋がる。反乱軍残党を追う官憲から逃れるため、ジャン・ヴァルジャンが反乱軍のマリユスを背負って下水道のなかを歩くシーンこそが、本作のクライマックス。巨獣のはらわたと呼ばれるパリの下水道は闇の世界であり、ひたすらに他人の重さを背負って歩く行程は、主人公の人生そのもの。

観賞用ではなく食用に花や木を栽培するキッチンガーデンは実用的な庭と言える。ハーブを育てるというと響きは可憐だが、実際は大変だ。西の魔女ことおばあちゃんの家にあずけられた主人公「まい」は、葉っぱからなめくじを落とし、毎日水やりをし、煮出したセージの煎じ汁をかける。庭仕事をして、家禽の世話をするおばあちゃんとの生活は、生きることの喜びと死や魂について学ぶ修行となる。

  • あそぶ場所・『ちいさいモモちゃん』の保育園

今でこそ待機児童が問題になるが、1962年に本作が刊行された当時は三歳未満の子供を保育園に預けて働くママは珍しかった。モモちゃんは1歳で「あかちゃんのうち」に預けられる。そして3歳になれば「あかちゃんのうち」を卒業して、同じ敷地内にある保育園のひよこ組に入るのだ。保育園のストーブにトラブルがあったある日、先生たちは「あかちゃんのうち」でお迎えを待たせようとするが、モモちゃんは断固拒否。「もう、あかちゃんは卒業したんだから」。誇り高き3歳児の成長の物語。

サハラ砂漠に飛行機を不時着させてしまった「ぼく」と不思議な少年「王子さま」との9日間の交流の物語はあまりにも有名。実際のサハラ砂漠は大部分が石の転がる礫砂漠で、風化作用が進んだ砂砂漠は2割以下。しかし、最終ページにたった2つの曲線で表現された砂砂漠と上空の小さな星は読者の心の中に大きな割合を占めることになる。

  • であう場所・『カバランの少年』の台湾

台湾には人口比2%程度の本来の先住民がいる(民国政府の亡命と共に移ってきた外省人に対する、元からの居住者である本省人もルーツは民代末から清代に大陸対岸地域からの移住者)。先住民は14の民族が認定されている。ペイポのカバラン族もそのひとつ。主人公シンクーは古道の散策中に200年前の世界に足を踏み入れる。タイムファンタジーの手法から、主人公の民族的アイデンティティの目覚めを描いた中国語圏の先駆的本格ファンタジー。

 

既読作品に関しては、場所を鍵にもう一度作品に向き合うことができるでしょう。しかし、事典であると同時にブックリストとしての利用も可能で、気になる場所から作品にあたるという楽しみ方もあります。

難点がふたつあります。ひとつは、本書は姉妹編の『「もの」から~』との作品重複を避けた事典となっているため、あの作品のあの場所に関しても読みたいと思ってしまう贅沢な欲望がうまれてしまったということ。そして、もうひとつは、多くの人に愛されるべき本としては、(失礼を承知で言うと)ちょっとお値段が高い。児童文学の対象年齢者が背伸びをすれば届く本であって欲しいのですが。

 

「もの」から読み解く世界児童文学事典

「もの」から読み解く世界児童文学事典

 

 

 

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