どんなものでも自由に作れる―『レゴはなぜ世界で愛され続けているのか』

 子供が部屋中にばら撒いたカラフルな直方体を素足で踏んで今日も叫ぶ。ソファーの下にも掃除機の中にも存在する愛しくも憎いあのレゴブロックを作る企業の歴史と経営戦略の遷移を書いた『レゴはなぜ世界で愛され続けているのか』を読みました。原題は「Brick by Brick: How LEGO Rewrote the Rules of Innovation and Conquered the Global Toy Industry」、著者のペンシルバニア大学ウォートン・スクールのデビット・C・ロバートソン教授は本書の執筆のために5年間にわたってレゴ関係者にヒアリングを実施しています。

レゴはなぜ世界で愛され続けているのか 最高のブランドを支えるイノベーション7つの真理

レゴはなぜ世界で愛され続けているのか 最高のブランドを支えるイノベーション7つの真理

 

  憎たらしいほどにどこにでも潜り込むあの素敵な直方体のブロックたちは、玩具として圧倒的な知名度を誇っているのに、それを作っている企業のこととなるとあまり知られていません。デンマークのビルンという小さな町で1932年に大工さんが作った会社、社名のLEGOデンマーク語の「よく遊べ」を意味するleg godtの頭文字の組み合わせ…こんな明日にでも子供に披露できる豆知識ももちろん書かれていますが、本書の主題は企業の栄光の発展と大赤字による転落、そしてそこからの奇跡の回復とブランド復権のなかでレゴがとってきたイノベーション戦略の構築です。

目次をざざっと見てみましょう。

第1部 レゴのイノベーションはいかにして生まれたのか
第1章 レゴブロックの誕生――ブランドを支える6つの基本理念
第2章 スター・ウォーズを受け入れられるか――加速するイノベーションと試される理念
第3章 3億ドルの大赤字――暴走したイノベーションのなれの果て

第2部 イノベーションの「7つの真理」をきわめる
第4章 レゴらしさを取り戻せ――イノベーション文化を築く
第5章 レゴシティの復活――顧客主導型になる
第6章 バイオニクル年代記――全方位のイノベーションを探る
第7章 マインドストームアーキテクチャー、ファンの知恵――オープンイノベーションを推し進める
第8章 スターをめざしたレゴユニバース――破壊的イノベーションを試みる
第9章 レゴゲームの誕生――ブルー・オーシャンに漕ぎ出す
第10章 ニンジャゴーというビックバン――創造性と多様性に富んだ人材を活用する
第11章 ブランド復権――レゴの改革

 第1部は創業からの発展と栄光の時代、そして暗転し2003年に3億ドルの赤字を抱えての大崩壊について。第2部は崩壊したレゴがイノベーションの再構築により復活していく様子が書かれている。堅牢な老舗企業のイメージがあったレゴですが、10年ちょっと前には倒産の危機に瀕していたわけです。レゴを経営危機に陥れたイノベーションの暴走とマネジメントの失敗、新製品の数多くの失敗例、そして人事刷新などの内実もぎっちりと書かれており、大丈夫なんだろうかここまで書いちゃってと心配になってくるくらいです。

 ポッチとチューブによる連結でカチリとはまり簡単にははずれない高い品質、シリーズを越えて繋がる統合性を持ち、創造性と想像性を養うブロック玩具の帝王を襲ったのは、連結式ブロックの特許期限切れによる新規参入企業の増加や、電子ゲームの波(ファミコン(1983~)、スーパーファミコン(1990~)、ゲームボーイ(1989~))、子供の生活の変化でした。レゴの重役は「もはやブロックは時代遅れ」だと焦り、伝統を捨て、大胆な改革と新シリーズを立ち上げ、徹底的に古いレゴを破壊しようとした。1998年当時レゴ社のCEOポール・プローメン氏によって経営の新機軸として打ち出された七つの行動指針(イノベーション)は、あまりにも短期間に行われたため社内管理が追い付かず、業績不振を招く。しかし、その後、経営陣を刷新し、七つの行動方針の導入のための社内ルール策定等を継続的に実施し続けた結果、レゴ社は新たな製品をいくつも成功させ現在のような世界的なブランドとしての地位を築きます。

 本書はイノベーション戦略の教科書としても、レゴという企業の歴史書としても読めます。企業経営やイノベーションの実現という切り口からも、現在も愛される玩具たちの誕生秘話としても楽しめます。

 私には(申し訳ないのですが)(本当にひどいなと思うのですが)、レゴの行動方針が迷走し、全く組立要素のない引っ張ると電子音が奏でられる玩具やヒーローの玩具などを市場に投入していく、いわば「大失敗」の時期の話がとても印象的でした。大赤字の引き金となるそれら商品は、現在ならば「レゴらしくない」と思えても、当時のレゴ関係者にとっては古い文化を破壊してくれる力強い新製品たちだった。玩具業界の変化スピードに戸惑い、レゴブロックを時代遅れで孤独な遊びだと思い込んだ故の急激な大改革は一時は失敗に終わります。その後に、レゴは過去に例のないほどの大規模な顧客調査を実施しますが、その結果は当時のレゴ経営陣の思い込みとは異なっていた。

レゴが好きな子どもも、ふつうの子どもだったということだ。わずかにテレビの視聴時間が長く、いくらか読書量が多かったが、おもな面ではほかの子どもとまったく変わらなかった。スポーツもすれば、テレビゲームでも遊ぶし、音楽も聞けば、友だちと出歩いたりもした。(略)レゴ好きの子どもにとって、テレビゲームとブロックとは排除し合う関係ではなかったのだ。Xboxにのめり込んでいるから、レゴのスター・ウォーズシリーズには興味がないかと言えば、必ずしもそんなことはなかった。

何より重要なのは、レゴ好きの子どもは小さなプラスチックのブロックで遊んではいても、嫌われ者ではなかったことだ。この調査では、レゴ好きの子どもは賢く、たいがい仲間からもよく思われていることが示されていた。レゴが世界中で愛されるおもちゃであることを考えたら、これは当然の結果だったかもしれない。

レゴはこういった顧客調査とさまざまな顧客テスト、そしてそれを活用したルール作りにより製品改良を行い、新製品開発に必要な具体的なアクションをとれるようになっていきます。

現在もレゴはオンラインゲームで失敗したり、ボードゲームに参入して成功したりしています。古くから変わらない老舗玩具企業にみえて、意外にも激動の中を走るレゴ。その繁栄を願う著者の言葉を最後に引用しておきます。

一九九八~二〇〇三年にかけての迷走を、「二度と繰り返してはならない」とレゴの経営陣は肝に銘じている。筆者も、レゴの繁栄が続くことを心より願う。レゴがあるだけで、世界はいくらか賢くなり、いくらか創造性が豊かになり、この上なく楽しくなるのだから。

表紙の黄色いミニフィグ人形の笑顔にも、なかなか波瀾万丈の歴史があったのですね。