その時代に生きた人の率直な手紙―『注目すべき125通の手紙』

 『注目すべき125通の手紙』を読みました。とても面白かったのでご紹介します。

注目すべき125通の手紙:その時代に生きた人々の記憶

注目すべき125通の手紙:その時代に生きた人々の記憶

 

 どんな本なのかは、出版社のサイトから引用します。

女王陛下から作家、学者、俳優、市井の人たちまで、時代を越えて人々の心を動かす手紙125通を厳選、手紙原本と解説を添えて紹介する「手紙の博物館」。励ましの手紙もあれば、別れの手紙、抗議の手紙、恋の手紙、詫びの手紙もある。手紙に込められた人々の率直な思いを追体験することは、平凡な歴史書を読むよりもはるかに学ぶものがある。書架におき、折に触れて読み返したくなる1冊。

 本書はイギリスの人気ブログ「Letters of Note*1」が元になっています。古今東西(西欧が多め)の手紙、電報、メモ、FAXなどを収集したブログから、有名無名の人々の125通の手紙を紹介しています。

特徴としては手紙原本画像が添えられていることです(原本がない場合は差出人または受取人の写真やイラストが載っています)。直筆の手紙の文字やイラスト、図にはやはり味わいがあります。読みにくくお世辞にも美しいとは言えない筆記体文字が多いのですが、書き手の真摯な思い、叩きつけられた怒り、行き場のない迷い、宛先への嘲笑などが文字や紙、インクの汚れから読み取れそうな気がしてくるのです。タイプライターで打たれた手紙も多くありますが、紙の皺や文字のかすれ、末尾のサインからは容易にその手紙が書かれた瞬間が迫ってくるようです。

美しい便箋に書かれたものもありますし、社用便箋に書かれたもの、メモ用紙に書かれたものやココナッツの殻に刻まれたもの、地図の端に書かれたもの、手帳に書かれたもの、点字の手紙もあります。ほんのちょっとだけ、ご紹介しますね。ほんのちょっとです。

 

 世界一の有名人ともいえるアメリカ大統領への手紙は多い。

例えばエリザベス二世がアイゼンハワー米大統領に宛てた手紙には、ドロップスコーンのレシピが書かれている。「バルモラルでお約束したドロップスコーンのレシピをお送りしていなかたったことを思い出しました。今急いで書いています。おいしくできますように」。

ニクソン大統領には警察バッジの熱心なコレクターから麻薬危険薬物取締局のバッジをおねだりする手紙が届いている「まず、自己紹介をさせてください。私はエルヴィス・プレスリー、閣下に心服し、貴政権をおおいに尊敬している者です」。

ルーズベルト大統領へアメリカの36人の作家が連名で書いた電報がある。水晶の夜事件から1週間後に打たれたそれは、ナチスドイツとの完全なる決別を求め「我々にはもはや沈黙している権利はないと感じています」と訴えている。

 

 家族の間の手紙も何かしら迫ってくるものが多くあります。

息子へ宛てた図が多い整理された手紙の書き出しは「ジム・ワトソンとパパはとても重要な発見をしたみたいだ。Dex-oxi-ribose-nucleic-acid(デオキシリボ核酸:慎重に読むこと)、略してDNAの構造モデルを完成されたのだ」となっており、書き手はフランシス・クリック

カート・ヴォネガットが父へ送った手紙には戦争捕虜となり、食肉処理場の地下に監禁された際の死と苦しみに満ちたつらい経験が綴られている。量産される死の世界で生き残った彼は、後に、この体験から『スローターハウス5』を生み出す。

病院の記録保存庫から発見された統合失調症の女性が夫に宛てた手紙は真っ黒に文字が重ね書きされている。「来て、来て、来て」と夫に繰り返した手紙は、どれも投函されることはなかった。

 

 手紙には死の直前に書かれたものもあります。

死刑宣告をされた獄中のスコットランド女王メアリー・スチュアートから義弟アンリ三世へ送られた手紙には、繰り返し自身の召使の身の振り方についてよろしく頼む旨が綴られている。女王は手紙を書いた6時間後に断頭台へ送られている。 

大坂夏の陣に出陣した木村重成に妻が書いた別れの手紙がある。「最後の戦いに出られるとのこと、その壮大な瞬間をわかちあうことはできませんが、うれしく存じております」死出の道でお待ち申し上げます、と手紙は続く。

連合国艦隊に特攻した久野正信から5歳と2歳の子供たちに宛てた手紙は「父ハスガタコソミエザルモイツデモオマエタチヲ見テイル」から始まる。

生涯精神の病に苦しめられたヴァージニア・ウルフは夫に宛てた手紙を死の直前に書いている。「またおかしくなりそうだとはっきりわかります」から始まるそれは、最愛の夫への愛の言葉が詰まっている。「私たちほど幸せな2人はいなかったと思っています」と書いた後、ヴァージニアは川に身を投げた。コートのポケットには重たい石が詰め込まれていた。

 

 もはやこの世にいない死者に向けた手紙(ファインマンが亡き妻に書いた手紙「追伸:すまないが投函はしないよ。きみの今の住所を知らないんだ」)、卑劣な脅迫状への痛烈な返信(人種差別主義者の脅迫状へのアラバマ州検事総長からの返信は一言「寝言は寝て言え」)、緊急事態を告げる電報(1941年12月7日ハワイ地域の全船舶へのラムゼー少佐の「真珠湾、空襲される。これは演習ではない」)、ファンレターへの返信、映画への出演依頼、結婚する息子へ真の男らしさとは何かを示した父の手紙、子供からの素朴な手紙とそれへの返信…などなど、様々な手紙からはそれぞれの喜怒哀楽が浮かび上がってきます。手元においておき、少しずつ、何度も手に取って読むのに相応しい本だと思います。