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ジム・シェパード『わかっていただけますかねえ』

 感情というのは手に負えない。感情に向かって何か言うと、向こうはべつのことを言ってくる。子供の頃、本で子供のことを読んでも自分に出会うことはまったくなかったけれど、大人について読むと、自分がいた。それはいつもわたしを喜ばせてくれた。今はなんだかじっくり考えられない。

 年末だからといって慌てて今年一番はこれとかあれとか言い出すのは如何なものかと思っていたのですが、どうも最近はNetflix、Hulu、U-NEXTの悪の枢軸によって海外の映画やドラマの消化のために本読めない状態の迷える子羊たちが周辺に転がっているので、ちょっと年末年始にこの一冊はお願いしますよという気持ちで、今年の一番としてジム・シェパードです。

わかっていただけますかねえ (エクス・リブリス)

わかっていただけますかねえ (エクス・リブリス)

 

 原題は『Like You'd Understand,Anyway』、『わかっていただけますかねえ』というタイトルだけど基本的にわかんない。なりきりおじさんのやりたい放題歴史フィクション短篇集。史実をもとにしてがっつりと参考文献と取っ組み合い、歴史の隙間を創作して一人称で語っていく。歴史小説は現在の倫理や作者の思想をもって、歴史を断罪していく作品も多いのですが、本書はあくまで一人称で、その語り手の目からしか見ない。読んでいる側からすると、やはり自己啓発やらエモーショナルな体験やらを求める助平心をもって頁をめくるのですが、特に読者に伝えたいことを蕩々と語ることなく終わる。啓発、しない。読み応えある長編小説を何本も書けるであろう材料を贅沢につかった、濃密な短篇小説でやりたい放題してくれている。憑依系おじさんによる一人称の良さが詰め込まれた本です。好き。大好き。

 憑依しているのは事故当時のチェルノブイリ原子力エネルギー局の技術主任だったり、古代ローマの書記官だったり、イエティ探している学者だったり、オーストラリア中南部の探検隊を指揮する男だったり、世界初の女性宇宙飛行士だったり、フランス革命時の死刑執行人だったり、アメフト選手だったり、サマーキャンプの子供だったりとさまざまなのですが、なりきりっぷりが凄まじく、読み進めるたびにGoogleで「これ、史実?どこまで創作?」と検索しまくることになります。そして全ての人が何ともいえない悲劇と、劇的ではないもやもやしたものを抱えており、無力でどうしよもなくて寂しくて、物語としてこの上なく愛おしい。淡々としてユーモアがあって愛すべき物語。
 兄弟の話がモチーフとして潜んでいる話が多くありますが、著者の精神的に不安定だった兄との関係が反映されているそうです。歴史の隙間の話に、著者自身の話がぬるぬるっと織り込まれているので、なりきり完成度が非常に高くなっている。人間関係の難しさだけではなく、愛情や納得のいかなさがあって、もう、たまらん。
 どの話も味わい深いのですが、これだけ憑依系傑作短篇がそろっていると、やはり好きな一篇というのがみつかると思いますので、年明けには各自でお気に入りの話について語ろうねみたいな希望を込めて。短篇だから、すぐに読めますから、海外ドラマの合間に。

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