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どうしても見つけ出したいと考えた―『才女の歴史』

小説以外

 歴史上におそらくは存在したであろう女性教養人はいったいどこにいってしまったのか。人間の歴史とともにあるはずの学問の歴史と発展に、女性の関わりはなかったのだろうか。本書は、著者が抱いた疑問を元に、膨大な資料から25人の諸学で功績を残した女性教養人を描いたものです。

才女の歴史―古代から啓蒙時代までの諸学のミューズたち

才女の歴史―古代から啓蒙時代までの諸学のミューズたち

 

 まずはスポットを当てている時代が古代から啓蒙時代までと幅広く、且つ、学問分野も哲学、医学、数学、史学、天文学、化学、文学等々と、やっぱり幅広い。470頁超の筋トレ本ではありますが、登場する女性ひとりひとりがドラマチックに、生き生きと描かれており飽きることなく楽しめます。これまで高名な男性学者の助手や愛人として名が知られてきた女性学者の学問上の業績には驚きます。

 一読して感じたのは、本書に登場する女性は例外もあれど基本的には「恵まれた環境」にあったのだなということです。王侯貴族であったり裕福な家庭に属していたり、財産と立場が保証され、その上でパートナーたる男性(父親や兄や夫)が女性の学問に理解を示し、女性への逆風から守り、援助してくれている。幅広い学問分野、幅広い時代を取り上げた本だからこそ、彼ら「理解者である男性」の活躍も数多く紹介されています。女性教養人の歴史としてだけではなく、学問の歴史の流れを楽しむにも最適です。
 また、学問の歴史の流れを読む際には、宗教と自然科学の密接な関わりが印象的です。宗教改革に続く科学革命の流れや、修道院が女子が学問を修める場であったという歴史もおもしろいです。

 新古典主義の巨匠、ダヴィッドが描いたラヴォワジエ夫妻の肖像画は非常に有名でしょうが、著者の見解が面白いです。フランス革命時に断頭台の露と消えた「近代化学の父」アントワーヌ・ラヴォワジエとその妻マリー。マリーは夫のアシスタントとして名が残っていますが、実験計画や記録、図版の作成、最新研究情報の翻訳(夫は語学が苦手だった)を行い、夫と二人三脚で化学の発展に尽力している。

絵を見てまず飛び込んでくるのは、こちらをまっすぐに凝視するマリーだ。一方、アントワーヌは、振り仰ぐようにして妻を見上げている。妻は立ち姿で、夫は何やら書き物の最中である。ということは、この妻は夫が霊感(インスピレーション)を求める"科学の女神(ミューズ)"の象徴として描かれているのだろうか? マリーの背後には絵を描く道具があり、これは彼女が科学書の挿画を手がけるという重要な役割を担っていたことを示している。だが女神と呼ぶには彼女の姿は自信にあふれすぎているようにも映るわけで、この自らを頼むところ大である画中の女性、ラヴォワジエ夫人は、自身をして高位にあることをはっきりと自覚しているのだ。教育があり、科学者が集うサロンを主宰し、語学に通じ、科学上の業績も、夫に勝るとも劣らないことを十二分に承知している女性ーーそんな彼女の立場を、夫を見下ろせる立ち姿の構造がさらに強調している。

確かに、近代化学の父とその助手というよりも、近代化学の父母の肖像のように思えます。

 学びと研究への女性たちの情熱、そして共に歩んだ男性たちの協力と活躍の歴史の本です。

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