食べ物の言語という窓を通して―『ペルシア王は「天ぷら」がお好き?』

 『ペルシア王は「天ぷら」がお好き?』を読みました。食事中に披露できる面白い話満載でした。

ペルシア王は「天ぷら」がお好き? 味と語源でたどる食の人類史

ペルシア王は「天ぷら」がお好き? 味と語源でたどる食の人類史

 


 原題は表紙にずばり書かれているとおり『THE LANGUAGE OF FOOD -A LINGUIST READS THE MENU-』。世界中の料理の伝播を言語学の面から辿り、味や名前の変異を紐解いていく。また、統計を用いたメニューの言語学的分析によるメニューの読み方は、一度知ってしまった以上はもう以前のようにはレストランのメニューとは向き合えなくなってしまう異色の料理エッセイです。

 七面鳥は英語でターキー(トルコの意)であるが、トルコ語ではヒンディー(インドの意)なのは何故かという小話は、何度か酒の席で聞いたことがあるのですが、本書では七面鳥料理のレシピと、感謝祭での料理の発音と地域の分析を交えておもしろく理路整然と語られる。そこから浮かび上がるのは、ただの言語ネタ雑学ではなく、人と歴史の美しい物語です。
 ペルシアの甘酸っぱい牛肉の煮込み料理「シクバージ」が帝国崩壊後にイスラム王朝に受け継がれ、ヨーロッパにも伝わり、大航海時代以降はスペインやポルトガルによって海を越えて派生料理を世界中に広がり、天ぷらや英国のフィッシュ・アンド・チップスに姿を変えていく。この間には船乗りたちの地理的物語もキリスト教の断食という宗教要因も含まれた大河ドラマが展開されていく。

 アメリカの七都市のレストランを対象とした、インターネット上で閲覧可能な6500のメニューから65万種類の料理名を分析し、メニューでの用語の使用頻度とレストランのグレードの関連性、メニューの文字数と価格の関連性を追求する章、また、食べ物のネーミングに使用される音と、人に与える印象が明らかになる話は、メニューの読み手はもちろん、作り手も参考になるかもしれません。

 ここで得られる教訓は、私たちは誰もが移民であり、島国文化のように孤立した文化などなく、異なる文化や民族や宗教が接する混沌としてときに痛みを伴う境界でこそ美が生まれるということだと思いたい。どこでセビーチェを食べるかという論争以上に重要な戦いはないという日がくるのを、楽しみに待ちたい。