海の五角形、棘皮動物―『ヒトデ学』

小説を読んでいて新しい登場人物が出てきたとき、その姿を思い浮かべてみる。しかし、それがうまくイメージできない時もあります。テッド・チャンの『あなたの人生の物語』に登場する異星人ヘプタポッドはなかなか思い描きにくい姿をしていました。曰く、七本の肢をもつ放射相称で、四本脚で歩き回り、残りの三本の肢は腕として使っており、脚と腕は隣り合っていない。謎多き姿の異星人は、とりあえず放射相称ということで巨大なヒトデみたいなものでしょうか。

 

ヒトデ。水族館で動物と触れ合えるタッチプールに常駐している。海の絵を描くならば、片隅にとりあえず星形のあいつを描いておく。存在感がありながら、しかしあまり意識したことはありませんでした。

ヒトデは「棘皮(きょくひ)動物」の仲間だといいます。その棘皮動物とはどんなものなのでしょうか。日本語で書かれた入門書は無いかと探してみたところ『ヒトデ学 棘皮動物のミラクルワールド(本川達雄 編著)』がとてもとっつきやすく、面白い本でした。

ヒトデ学―棘皮動物のミラクルワールド

ヒトデ学―棘皮動物のミラクルワールド

 

 

『ヒトデ学』は編者をはじめとする棘皮動物の専門家たちが、日本語での入門書がないことを嘆き、学生やダイバーがすらすらと読める縦書きの本を作ろうと目指して誕生したもの。その試みは結実し、専門書でありながらもとても読みやすく、棘皮動物の世界を概観でき、この手の本にしてはお財布にも優しいのです。

 

棘皮動物の専門家たちの愛がこれでもかというほど詰まっているこの本、例えば随所に研究対象への愛が輝き、ヒトデの空腹については「もっとも、もっとお腹が空いたときは餌を探すというよりは、ただひたすら寝てしまって、エネルギーを温存しようと寝床にしけ込む場合が多いようだ」という表現になるし、ウミユリの生態については「いたって謙虚な生き物」であり「けなげな作戦で生き延びている動物なのである」と語られ、海岸で見つけにくいクモヒトデは「クモヒトデははにかみやで、岩の下や泥の中に隠れて棲んでいることが多いのでお目にかかる機会はそれほど多くないかも知れない」と紹介されます。

巻末付録として、棘皮動物の分類表、棘皮動物かぞえうた(作詞作曲は編者)、参考文献がおさめられています。ちなみに、同じ編者の『ウニ学』にはやっぱり編者作詞作曲の「ウニの棘」が収録。*1

 

棘皮動物の分類

 現在生きている棘皮動物は五つの網(「網」大きな分類の単位)に分類できる。ウミユリ、ウニ、ナマコ、ヒトデ、クモヒトデがそれです。

ウニやヒトデ、ナマコは海岸で目にしますし、水族館のタッチプールでぷよぷよしているので目にすることも多い。クモヒトデは岩の下や泥の中に隠れているので、やや遭遇しにくい。そしてウミユリ類は茎をもつものになると深海にしか生活していません。

では棘皮動物はずっとこの五網だけなのかというと、古生代の海底は棘皮動物だらけで、二十もの網が繁栄しており、特徴的でへんてこで、面白い形のものもいろいろいらしい。体長20メートルにも達する巨大なものもいた。系統関係はまだよくわかっていない。中生代には現生五網になってしまったが、化石記録から最初に棘皮生物が登場したのはカンブリア紀中期だということがわかっている。先カンブリア時代にも怪しいものはあるものの、軟体部といわれる細胞などの組織からなる部分が化石には残らず、棘皮動物の特徴の一つである水管系があるかどうかを調べることが困難。

 

棘皮動物の特徴

棘皮動物というのは一つの「門」の名前です。

棘皮動物はほかの動物門ではみられないユニークな特徴ばかりで、容易にほかの動物から区別できます。「棘皮動物とは、動物学者を不思議がらせるために、特別にデザインされた高貴なる動物群である(byリビー・ハイマン)」というくらいに、ユニーク。

1.五放射相称

体が五放射相称、つまり星形や五角形をしている。中心の軸の周りに五つの同一の構造が放射状に配列している。現生のすべての成体にあてはまる。一見左右対象に見えるナマコとウニも五放射相称からの二次派生。ウニなんてボールに棘が生えたみたいで、ちょっと五角形には見えないかも知れませんが、棘を取ってしまうと五放射であることがよくわかります。

七放射相称や九放射相称の体制も過去には何度か進化しましたが、これもやっぱり五放射からの変形。

なんで五なのかというのは、変態直後の骨格強度を維持するためとか、摂食効率がよいとか、球体を覆うならサッカーボールみたいに五角形が適切だろうとか、いろいろ説があります。

2.皮膚内に多数の骨片が埋まった構造の骨格系

小さな骨片はスポンジのような微細構造を持つ。色々と形を変えて体を覆ったり、棘になったり、ピンセット状の叉棘になったりもする。表皮のすぐ下にあってまるで外骨格のように働く。棘はとがって突き出しているけれども、あくまで表面には皮膚があり、棘が皮膚の下に埋まっている。

3.皮膚の硬さが可変

棘皮動物の皮膚はドロドロに融けるほど軟らかくなったり、カチカチに硬くなったりと皮の硬さが変化する。骨片がコラーゲン質の靭帯で結合されているのだが、その組織(キャッチ結合組織)が神経の作用によって短時間で変化することが可能。しかも変化は可逆的。この特性により、エネルギーをあまり使わずに強力に姿勢を保つことができる。ウニが長い棘を立て続けられるのも、このため。

ちなみにナマコはこの皮(結合組織)が体の大部分を占めている。

4.水管系をもつ

水の詰まった管の系は、末端が多数の管足として体表面から突出し、運動、摂食、呼吸などにおいて重要な役割を果たす。

動物においては水圧で動くシステムというのは珍しくはないが、表面にこれほど広く水圧で動くものを配置しているのは棘皮動物だけ。

 

その他、棘皮等物の特徴は

  1. 海にすむ。海にしかすんでいない。
  2. 神経系はあるが中枢化してない。脳と呼べるものがない。
  3. エネルギー消費量が極めて少ない。
  4. 幼生期は浮遊し、成長すると底性になる。

などが挙げられる。

 

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

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*1:ウニが球形の動物の代表として登場する『生きものは円柱形』では「円柱えかきうた」をはじめとする3曲が登場し、出版社のホームページで著者による歌を聞くこともできる。できるのです。