もしも愛する人の背中をタランチュラがテクテク登っていたらどうする?―『その道のプロに聞く 生きものの持ちかた』

 年度末でアナコンダに噛まれたレベルで生活ズタズタなのですが『その道のプロに聞く 生きものの持ちかた』がとても面白かったのでご紹介します。

その道のプロに聞く生きものの持ちかた

その道のプロに聞く生きものの持ちかた

 

 本書はカブトムシやトンボなどの身近な生き物や、猫や犬やハムスターなどのペットとしておなじみの生き物、そして毒蛇やワニガメなどの危険生物まで、その道のプロ(獣医師、ペットショップオーナー、爬虫類専門店主、動物園長)が持ちかたを伝授する正しい持ちかたの専門書です。

 例えば、あなたがある朝通勤や通学のために玄関扉を開けた途端、目の前にニワトリとヒヨコがいたとする。こんな世の中ですから、何が起こるか分かりません。ニワトリなんて楽勝だと思っていると大変なことになります。実は意外な危険動物なのです。

オスのニワトリと戦ったことがある方ならご存じだろうが、ニワトリって本当に怖い!飛びかかって前蹴りをくらえば、その鋭い蹴爪(または距爪)でズボンは裂け、こちらの反撃は難なくかわされ、次の瞬間その立派なクチバシで的確に弱点を攻めてくる!

動物のお医者さん』のヒヨちゃんの凶暴さはリアルなのだ。そんな凶暴なニワトリと玄関で対峙することになった通勤通学前のあなた。どうすればいいのでしょうか。

勝負は一発で

まずは殺気を消し、さりげなく近づきます。そして距離を上手くつめることができたら、ニワトリが距離を保つため、後ろを向いたところを、両手で羽を包みこむように「がばっ」と持ってしまいましょう。一発で決めるのがコツ!

 そして一緒にいるヒヨコは、野球のボールを投げる時のような指使いで、首の両サイドから全身を優しく包み込むように握るのが安全な持ちかた。写真も大きく載っているのでわかりやすいです。

 

 無事に通勤通学できて安心したあなたの机の上に大型犬グレート・ピレニーズが座り込んでいた。どうしよう、始業時刻まで間がない。とりあえずこの体高80cm体重45kgの大型犬にどいてもらわないといけない。ついつい前足を肩にかけて腰から尻に手をまわし支えようとするが、これはお勧めできない持ちかたです。もし大型犬が暴れだしたらキックをされてしまいますし、おさえられなくて落下してしまった場合は犬がうまく着地できません。そしてあなたにも犬にも腰の負担がかかってしまう。

 最も安全な持ちかたは、胸から前足の付け根と後ろ足を後方から手をまわして持ちあげるこれ。この方法なら、自然な型で全身をおさえることができますし、もし落下しそうになってもと落ち着いて下ろしてあげれば、そのままの姿勢で安全に立つことができます。

 大型犬、中型犬、小型犬の持ちかたが写真と共に解説されているので、正しい持ちかたがわかります。また、基本的には正しい持ちかたで対応できるのですが、獣医さんが治療する場合など犬や猫をおさえつけなければならないこともある。そんなホールド魂(生きものを安全、的確に保定する高い精神性)の真骨頂たるおさえつけ方も本書にはあります。

 

 帰宅中のあなたの目の前に、ヒキガエルが飛び出してきた。そして後ろからは大型特殊車両の音が迫りくる。まずい!このままではヒキガエルが車に潰されてしまう!あわててヒキガエルを両手で包みこもうとするがカエルは大暴れ。しかもヒキガエルは実は毒を出す。安全に持って助けるためにはどうすればいいのでしょう。

ヒキガエルは、目の後ろの耳腺に毒を持っていて、危険を感じると、白いネバネバした毒性のある液体を出すことがある。その白いネバネバは背中から分泌させることもあるので、念のため分泌する箇所をさけて、腰をつまみ上げます。暴れるようなら後ろ足も手のひらで包んでしまいましょう。

 このように、日常にありがちなシチュエーションだけではなく、非常に危険な生き物の持ちかたも丁寧に手順を追って説明されている。マダニやセアカゴケグモの日本での生息もニュースになっている昨今、サソリやタランチュラの持ちかたも知っておいて損ではないはずです。

 

著者の松橋さんは生きものカメラマン。このような本を書くくらいだから、どんな生きものでも持ってしまおう精神あふれる人なのかと思いきや、そういうわけでもない。

キノコ採り名人がキノコの毒にあたるなんてこともあるように、たとえ知っているつもりでも間違うことだってある。この際、割り切って自分の知識にない生きものや疑わしい生きものは持たないという判断を下す……それも勇気だ。

私はカメラマンとして、いろいろな生きものに接しているが、スタジオ撮影など必要にかられない限り、生きものをわざわざ持ったりはしない。知らない生きものには絶対にふれない!

 例えばオオコノハズクのページでは、野生生物がヒトに触られるとそれだけで相当なストレスとなり、ショック死しかねないと警告している。その上で、タオルで赤ちゃんのように包み持つ方法が指南される。

ならば、なぜ持ちかたの紹介本なのか。その理由は「おわりに」にある著者の言葉で明確に示されている。少し長いけれども引用します。

子どもの頃から生きものが大好きで、なんでも捕まえては飼育して、噛まれて、刺されて、ケガをして、時には自分の無知から生きものを死なせてしまったりもして……。
こうして生き物に興味を持ち、自らいろいろと経験してきた人間は、大人になっても、ついついそんな生きものがいる環境を意識してしまうものです。
私のことです。
今は、生きものや自然への教育が「保護」の観点から「見守る」「大切にする」ということを優先させがちです。そうした情操教育により、一般的には生きものを捕まえて飼うのはいけない、という傾向にあるようです。(略)
こうして生きものは捕まえてはいけないものとして、子どもたちの関心は、あっちに向いてしまいました。子どもたちがあっちを向いた結果が、生きものへの無知を生みます。

 とにかく楽しい本ですが、生きものを持つということは、「その生きものの体の構造をよく知り、習性を理解し、個体を観察し、負担をかけずに、こちらも怪我をせずに接する」ことに他ならない。持ちかた、というのは多くの生きものと共に生きるための鍵なのです。

 

 本書では持ちかた以外にも、ハリネズミの爪切りや、危険生物の解説、カブトムシに離してもらう方法、生きものに会いに行くときに鞄に詰め込む道具など、豊富な写真と共に実践的な生きものとの接し方が書かれています。獣医師とペットショップオーナーで目的によって持ちかたが異なる生きものも紹介されており、様々なシチュエーションで私たちが生きものと付き合っていることがよくわかります。

きれいな写真とユーモラスな筆致ゆえに、のんびりと眺めて楽しめる本ですが、生きものの知識と観察を重視する姿勢がきちんと貫かれています。「持ちかた」は意外にも深いテーマなのですね。